外傷性頸部症候群

a.病態と神経ブロックの適応

頸椎に急激な外力が加わることが原因である.例えば追突事故による受傷では,まず頸椎の過伸展が起こり,反動と急制動による過屈曲がそれに続き,頸部の靭帯,筋,椎間板 椎間関節,さらに頸髄や神経根などの神経要素も損傷することがある.筋や靭帯などの断裂と微小出血が起こり,引き続き炎症,浮腫が生じる.これらの微小な損傷は数週間で自然治癒することが多いが,一部の症例では年余にわたり頸背部を中心に広範な痛み,肩こり,しびれ,Barre-Lieou症候群(頭痛,非回転性めまい,耳鳴り,視覚障害,嘔気)などの多彩な症状が起こる.

頸椎の可動域制限や圧痛点はみられるが,感覚や腱反射などの神経学的所見には異常がみられず,画像上でも症状を説明できる所見を欠くことが多い.痛みが椎間板性か椎間関節由来かなどについては,その部位の選択的なブロックの効果によって初めて診断できるので,病態診断上での神経ブロックの役割は大きい.

治療は薬物療法(非ステロイド性抗炎症薬,中枢性筋弛緩薬,抗不安薬,抗うつ薬など)や理学療法と併用して,神経ブロック療法は初期から積極的に行なう.慢性的な経過例でも,それまでに十分な神経ブロック療法を受けていなければ,改善することも少なくない.

b.神経ブロック治療指針

①星状神経節ブロック:本ブロックの頸部血流増加作用によって,頸椎周囲の微小損傷の治癒が促進され,また椎骨動脈の循環障害が原因とされるBarre-Lieou症候群には有効で,急性期の14日間程度は連日行なう.その後は2~3回/週の頻度で行ない,2~3ヵ月を目安とする.発症3ヵ月以上の慢性期には,痛み,耳鳴,めまい,眼精疲労や易疲労感といった愁訴に応じて1回/1~2週の頻度で行なう.

②頸部・上胸部硬膜外ブロック:痛みの訴えが強い場合に,1~2回/週の頻度で行ない,症状に応じて増減する.

③トリガーポイント注射:圧痛点や筋緊張の強い部位に2~3回/週の頻度で行ない,症状に応じて増減する.

④椎間関節ブロックと後枝内側枝高周波熱凝固法:椎間関節由来の痛みは後頭部,頸背部や肩などに広く放散するため,透視下に圧痛のある責任椎間関節を同定して行なう.

慢性期で,局麻薬とステロイド注入による効果が一時的な場合は,後枝内側枝の高周波熱凝固法を考慮する.

⑤後頭神経ブロック:後頭部の痛みや圧迫感,眼の深部痛を伴う場合に,1~2回/週の頻度で行なう.

なお後頭下部の痛みには,第3後頭神経ブロックが有効な場合がある.

⑥第2頸神経脊髄神経節ブロック:第2頸神経は後頭神経領域だけでなく,内側・外側環軸関節や十字靭帯など深部構造の体性感覚も支配しており,同部由来の疼痛には有効な場合がある.

⑦神経根ブロック:上肢への根症状を有する場合に考慮する.

⑧胸部交感神経節ブロック:上肢がCRPS状態の場合に考慮する.

⑨トータルスパイナルブロック:人工呼吸など全身麻酔管理ができる準備のもとに,防腐剤の含まれない1.5%メビバカイン20mlは頸部・上胸部のくも膜下腔に注入する方法で,他の治療法で反応しない場合に,痛みの悪循環路*を完全に断ち切る目的で考慮する.(*D.筋・筋膜性疼痛症候群の項を参照)

C.注射療法

①椎間板内注入:椎間板自体も痛みの発生源となるので,単純Ⅹ線写真で椎間板の狭小化や不安定性のみられる場合に,局麻薬とステロイドの注入を行なう.

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※「ペインクリニック治療指針」から抜粋