がん性疼痛
a.病態と神経ブロックの適応
がんの痛みの治療はWHO方式がん疼痛治療法から開始する.神経ブロックに習熟した医師がいて,適応があれば神経ブロックを併用することにより鎮痛薬の投与量を減じることができて,QOLの向上につながることも少なくない.なおがん患者の痛みがすべてがんによるものとは限らないことを銘記すべきである.例えば長期臥床や栄養状態不良が誘因となって筋・骨格由来の痛みをきたしていることも多く,トリガーポイント注射や椎間関節ブロックで痛みが消失することもあるので,痛みの原因を常に考えることが重要である.
がん性疼痛に対する神経ブロック療法は,痛みの部位をはじめ,体性痛か内臓痛かなどによって選択する方法が異なってくる.
b.神経ブロック治療指針
①三叉神経末梢枝ブロック,三叉神経節ブロック:上顎,下顎,口腔領域など三叉神経領域のがんによる痛みに対して,局麻薬による試験的ブロックの鎮痛効果が確実で,その領域に感覚低下が起こることの承諾が得られれば,エタノールまたは高周波熱凝固法を用いて行なう.刺入経路に腫瘍が存在しないことが施行の条件になる.
②星状神経節ブロック:乳がんなどによる上肢の疼痛や循環障害に対して有効で,治療開始当初約1ヵ月間は2~3回/週の頻度で行ない,その後は維持療法として1回/週の頻度で行なう.
③肋間神経ブロック:がんの胸壁浸潤や肋骨転移による胸部の体性痛に対して,局麻薬による試験的ブロックの鎮痛効果が確実で,その領域に感覚低下が起こることの承諾が得られれば,高濃度局麻薬,5~10%フェノール水または高周波熱凝固法を用いて行なう.
④腹腔神経叢ブロック:上腹部のがん性内臓痛(特に膵臓がんによる痛み)に対して,局麻薬での試験的ブロックで鎮痛効果が確認できれば,エタノールを用いて行なう.なお本ブロックの結果として得られる腸嬬動充進は,モルヒネの副作用である便秘に対して有用である.
⑤下腸間膜動脈神経叢ブロック:下腹部のがん性内臓痛に対して,局麻薬での試験的ブロックで鎮痛効果が確認できれば,エタノールを用いて行なう.
⑥上下腹神経叢ブロック:直腸,子宮,前立腺,膀胱など骨盤腔のがん性内臓痛に対して,局麻薬でのブロックで鎮痛効果が確認できれば,エタノールを用いて行なう.
⑦不対神経節ブロック:直腸がん術後の旧肛門部痛や会陰部痛に対して,局麻薬での試験的ブロックで鎮痛効果が確認できれば,エタノールを用いて行なう.
⑧クモ膜下フェノールブロック:胸部,腹部での片側性の限局した体性痛に対して,当該脊髄神経後根をクモ膜下腔内で遮断する方法で,適切な体位のもとに,7~10%フェノールグリセリンを注入する.合併症として脊髄障害,頸部では上肢の運動障害,下肢の運動障害や勝胱・直腸障害の可能性がある.
⑨サドルフェノールブロック:直腸がん術後の旧肛門部痛や会陰部痛に対して,体位を座位として,クモ膜下腔内に7~10%フェノールグリセンリンを注入する.合併症として勝胱・直腸障害が起こる可能性がある.
⑩神経根ブロック:限局した体性痛に対して,局麻薬による試験的ブロックにて鎮痛が得られるようであれば,高周波熱凝固法を考慮する.ただしC5-Th1あるいはL1-S1の神経根ブロックの場合には,上肢あるいは下肢の筋力低下をきたしやすい.
⑪交感神経節ブロック:痛みが入浴によって軽快する場合には,当該領域の交感神経節ブロックが有効である.乳がんや子宮がんの,上肢や下肢での循環障害による腫脹・疼痛に対して,星状神経節ブロックあるいは腰部硬膜外ブロックで軽減効果がみられるようであれば,胸部あるいは腰部交感神経節を神経破壊薬あるいは高周波熱凝固法を用いてブロックすることを考慮する.
⑫後枝内側枝高周波熱凝固法:椎体転移などからの二次的な椎間関節痛に対して,当該椎間関節の試験的ブロックの鎮痛効果が確実であれば,脊髄神経後枝内側枝の高周波熱凝固法を考慮する.
⑬持続硬膜外ブロック:他の方法で疼痛コントロールができない場合は,適切な高さの硬膜外腔にカテーテルを留置し,局麻薬を連続的あるいは必要に応じて間欠的に注入する.ポートを植え込んで,PCA付きの携帯注入器で行なう方法もある.
⑭持続硬膜外モルヒネ注入:持続硬膜外ブロックでは疼痛コントロールが不十分な場合に,モルヒネの適切量を添加して持続注入する.
⑮持続クモ膜下ブロック:疼痛支配領域のクモ膜下腔内にカテーテルを留置し,運動神経麻痺ができるだけ起こらないように局麻薬濃度を微調整して連続注入する.がんの神経浸潤による神経因
性疼痛にも有効である.
⑯持続クモ膜下モルヒネ注入:モルヒネのクモ膜下持続注入は,前段階としての持続硬膜外モルヒネ注入の効果が不十分になった場合に行なう.その投与量の目安はそれまでの硬膜外投与量の
1/10量から開始する.
⑰トリガーポイント注射:長期臥床などによる腰背部や頸肩部の筋・筋膜性疼痛に対して行なう.
C.手術療法
①経皮的コルドトミー:第1-2頸椎間から刺入して,外側脊髄視床路を高周波熱凝固する方法で,特にモルヒネでは管理しにくい神経因性疼痛(例えば骨盤内がん浸潤による坐骨神経痛など)に有用である.
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※「ペインクリニック治療指針」から抜粋